2014年5月5日月曜日

「アナと雪の女王」の歴史的大ヒットを振り返る。(後編)

配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 
©2013 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.  disney.jp/ANAYUKI/

前回に続いて「アナと雪の女王」について。映画宣伝に関わる者として、観察を続けてきた今作の大ヒットを考察したいと思います。

GWの大型動員によって、興行収入も150億に限りなく近づき、とどまる事無く記録を伸ばす「アナと雪の女王」。日本におけるその成功要因は、作品の純粋なポテンシャルが5運が2.5宣伝努力が2.5というのが僕の心象です。

ピクサー・アニメーション・スタジオのCCOであり、その他ディズニー内2つのスタジオも統括するジョン・ラセターが「20年に1度の傑作ができた」と太鼓判を押し、脚本・映像・音楽・演出・キャスト、あらゆる方面で高い評価を受ける今作。

この作品がコンテンツとして、いかに素晴らしいか〜みたいな話を掘り下げてもいいのですが、ブログの趣旨上「アナと雪の女王」はどのように鑑賞意欲を高める空気づくりを行ったのか〜という、より宣伝的なアプローチに注目したいと思います。

アナ雪の数ある魅力の中で、あれこれ理由を考えず、動物的に反応する部分。人の心を捉えてやまないのは、間違いなく“音楽の力”であり、宣伝において何よりもワークしたのもこの部分です。すべてはこの魅力に紐づく形で、アナ雪の宣伝は計画されています。


●主題歌“Let It go”による「話題の見える化」と「エンゲージメント」

配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 
©2013 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.  disney.jp/ANAYUKI/

これは映画宣伝に限った話ではありませんが、広告主体には、半ば制約にも似た「伝えなければならないこと」とがあります。

映画の「伝えなければならないこと」と言えば、公開日や物語や世界感、設定、キャスト、登場人物のキャラクター等。比較的、真面目でロジカルなコミュニケーションと言えるでしょう。

しかし、このコミュニケーションだけで作品に興味を持ち、映画館まで足を運ぶ層は、極々少数です。

Wヒロインだから?
キャラクターが可愛いから?
描かれているのが真実の愛だから?

いずれも作品が評価されているポイントではありますが、ここだけの押しでは、ディズニーコアファンを中心とした、狭い層の鑑賞意欲しか引き上げるのは難しいでしょう。

前回のブログで説明した通り、20億前後が洋画としてのアッパーであるこの市場。映画という枠を超えるには、ストーリーをロジカルに伝えるだけではなく、それをベースとしながら「なんか分かんないけど面白そう」という外側の人々の気持ちを作り出す必要があります。そのムード(話題)づくりにおいて、Let it goは絶大にワークしました。


  イディナ・メンゼル版「本家:Let it go」



5月頭現在、youtubeで2億再生を超える4分間のミュージッククリップ。日本の宣伝が本格的に立ち上がった昨年12月頃から、通常の予告編では無く、この映像(楽曲)に地上波で、デジタル上で、とにかく触れて話題にしてもらえるよう、アナ雪のコミュニケーションは設計されていました。


25カ国の吹替キャストが歌う「25カ国語ver. Let it go」



日本版主題歌「Let it go 〜ありのままで〜(May J)」



日本版「Let it go〜ありのままで〜(松たか子)」



ご覧のように「Let It go」には複数のパターンが存在し、これらの一つ一つは「●●版Let it go公開」というニュースで打ち出され、作品の音楽性がきちんと“世の中ゴト化”されるよう、継続的なコミュニケーションが図られました。

また、アメリカでの公開が2013年11月と日本より早く、日本の宣伝タイミングでは本国ですっかりお祭り状態となっていたことから、数多くのパロディ動画がYoutubeに投稿されていました。これも日本における宣伝では大きな追い風となり、「海外でこんなに話題になっている」というパッケージでニュースが打たれます。


11歳少女が歌う「let it go」がスゴ過ぎて3,600万再生突破!




一人21役!色々なディズニーキャラの声で「Let It Go」を歌ってみた




こうしたニュースを打ち続けることで、「アナと雪の女王=音楽」のインプットが世の中に蓄えられていきます。

また、この頃からNAVER等で「アナ雪のパロディ映像がこんなにあるらしい」というまとめが作られるなど、各種ニュースサイトでも勝手にアナ雪の音楽性が取りあげられるようになり、その情報量は増幅していきます。

音楽を通じた話題は「見える化」し易く、同時に聴き込み作用があります。そのため現象感を生み出しつつ、非常にエンゲージメントが高い状態で、アナ雪は日本公開を迎えることができた珍しい事例となります。(そういう意味で、この作品の魅力が音楽性にあったことは、宣伝上非常にツイていたと言えます。)



コンテンツが自走し始めるという、理想的な状態が公開直前には出来上がっていました。

そして、宣伝後期には、こうしたニュース出しと平行して音楽を立たせたTV-SPOTも開発され、公開直前には大量のTVCMに多くの人々が接触することになります。

映画宣伝という限られたスケジュールの中で、理想的とも言える“話題の積み上げ”が「アナと雪の女王」ではできていました。


●映画「アナと雪の女王」にまつわるお墨付き

配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 
©2013 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.  disney.jp/ANAYUKI/

こと日本人に関して消費は、チャレンジングなものではありません。生活者は保守的で、映画を認知していた所で、観たいという気持ちが多少あった所で、最終的に「コレだ!」という間違いないもの(間違いない期待)にしか、投資をしません。

日本の映画市場において、シリーズものや原作もの等、フランチャイズ作品しか最近は大きく数字を伸ばしてません。

それ故に、広告コミュニケーションでは「これは大丈夫!」「これなら間違いない!」という〈保証=お墨付き〉をいかにつくるかが非常に重要となります。僕は、この〈保証=お墨付き〉を、トライバルメディアハウスの池田紀行さんのお考え等も参考にしながら、以下の2つに整理して考えています。

①『自分ゴト化された保証(間違いない感)』
②『仲間ゴト化〜世の中ゴト化された保証(間違いない感)』



配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 
©2013 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.  disney.jp/ANAYUKI/


①『自分ゴト化された保証(間違いない感)』
前者はターゲットの特定の体験・経験に帰属した間違いない感です。

・お気に入りの監督・制作スタジオが作る映画だから〜
・好きなキャストが出る映画だから〜
・原作本が面白くて、その映画化だから〜
・映画もドラマで面白くて、その映画化だから〜
・アニメが面白くて、その映画化だから〜
・前作が面白くて、その続編だから〜

事前に「間違いない!」と思ってもらうために、広告コミュニケーションでは上記のようなキーワードを打ち出し、「確かにあれは間違いないかった〜」というターゲットの記憶を引き出します。

映画公開直前に、シリーズ作品の前作や関連作品を地上波でOA.するのも、大きくはこれに分類されます。アナ雪も公開時にも、ラプンツェルが地上波OA.されましたね。そしてアナ雪の場合、以下のようなキーワードの打ち出しがありました。

・美女と野獣、ラプンツェルを超える〜
・アンデルセンの雪の女王を原題とした〜
・ディズニー創立90周年記念作品〜等

しかし、これで自分ゴト化された保証〈お墨付き〉を持てる人は、決して多くありません。基本的には新作で、フランチャイズの無いアナ雪は、ターゲットの過去の記憶や経験から、間違いない感を引き出すことが難しい作品でした。

そうした場合、“広告コミュニケーションを通じて、ターゲットに間違い無い体験をしてもらう”という発想があり、Let it go はここでも大きくワークしました。予告編では無く、劇中で最も心を捉える4分間の本編映像を事前に切り出し、それにとにかく触れて貰うというアプローチで、“アナ雪のジブンゴト化された間違いない感”は醸成されいったのです。

広告コミュニケーションを通じた“間違いない体験”には、様々な取り組みがあります。

・本編内、冒頭○分のフッテージ映像公開
・本編の前日譚の映像化や漫画化(コミカライズ)
・劇中サウンドトラックの視聴映像投稿
・映画を解説する番組(特番)作り
・制作秘話の暴露企画
・キャスト(映画キャラクター)の番組出演とトーク

作品に自信があり、権利上のしがらみなどが無ければ、コンテンツの先出しにより、“間違いない体験”を事前に作ってあげるのは、アプローチとして一番シンプルかもしれません。それ以外にも、基本的にこの領域は、ターゲットの経験価値を高めるコミュニケーションであれば、なんだっていいように思います。


配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 
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②『仲間ゴト〜世の中ゴト化された保証(間違いない感)』
後者のこちらは、ターゲットの外部(友人や情報媒体)に帰属した間違いない感です。

・友達のアイツが言うから、この映画は間違いない。
・自分が憧れ、信頼をおくオピニオンリーダーが言うから、この映画は間違いない。
・いつも観ている番組やサイトで取りあげられたから、間違いない。
・「○○越え!」だから、この映画は間違いない。

アナ雪の仲間ゴト化された間違いない感は、公開前迄に、時間をかけて行われた Let it go 訴求が生み出したコンテンツの一人歩きによって、人々の間に十分良いムードが出来上がっていました。

“世の中ゴト化された間違いない感”という点では、ディズニー社は公開前に以下の強いキーワードをニュース出しすることに成功しています。

・ライオン・キングを越え、ディズニーアニメーション史上歴代No.1ヒット 作
・公開6週目成績で「タイタニック」「アバター」に次ぐ新記録樹立
・全世界歴代アニメーション作品No.1の快挙達成
・「風立ちぬ」を破り、アカデミー賞/長編アニメーション賞&主題歌賞 W受賞

配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 
©2013 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.  disney.jp/ANAYUKI/

連日、こうしたニュースがTVやWEBをかけめぐり、強力な“間違いない感”が世の中ゴト×仲間ゴト×自分ゴトとして醸成され、公開前から極めて良いムードを作ることができていました。

勿論、これらは作品としての強さがあって、初めて打ち出すことができたキーワードです。また、その背景には、全世界で最後の公開国が日本であり、宣伝期間中に次々に強い武器(言葉)が手に入った〜という幸運があります。

冒頭でも述べた通り、実力と運と宣伝努力。この3つがかけ合わさり、この歴史に残る大ヒットは生まれたと僕は考えます。

そんな中でも、「実力の高さ」と「持ち運」をしっかりと宣伝で活かし、最大化させるコミュニケーションをアナ雪からは学ぶことができます。

今では宣伝の手も離れ、作品が一人歩きし、どこまで成績を伸ばしていくのか読めない状況が続いています。一映画ファンとして、この動向は最後まで注目したいと思います。(そこに、また新しく学ぶことがあるかもしれませんからね。)

長文ご覧頂き、ありがとうございます。



2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

イギリスの一部マスコミでは日本のアニメ「セイントセイヤ」のパクリ疑惑が報じられていますけど…
僕は逆にやましいことがあるからやたら宣伝してるという印象ですけどね。

0_bake さんのコメント...

イギリスだとそんな話題があるんですね!(→知りませんでした)

今作にどんな「やましいこと」があるか、僕には分かりかねますが、日本での宣伝方針とは、まぁ無関係だと思います。